回想3.11

2016/3/11

今年も、本日3月11日を迎えました。この日は、大震災の日として長く追悼される日となっています。また、震災での多くの犠牲者につきましては、深くご冥福をお祈りいたします。

さて、2011.3.11は、自分も本業の㈱岩本機工の仕事で(見積の打ち合わせ)で客先現場詰所2Fにおりました。長く揺れたことを思い出します。

コンビナート内ですので、身の危険を感じました。立っていられないほどの揺れが起こったとき、あたりのフレアーから黒い煙が出ていました。また、製鉄会社からは、火の手が上がっていました。

この大震災により、この神栖地区も港には津波が押し寄せたり、電気や水道は、長期間ストップしました。また、道路もうねり建物は傾きました、

我が家も、その時築1年でしたが、ちょうど11cm傾きました。いまだに金銭的問題から修復できていません。。。

Yamazaru農園はといいますと、2010.10月くらいにジャンボニンニクを植えました。ほんの少しです。その時の写真をご覧ください。

畑も液状化現象のおかげで水浸しですし、砂が下から噴いていました。また、この砂は、泥のようにベチャベチャとしていて非常に不愉快でした。

上の写真は、現在Yamazaru農園で借りており、ジャンボニンニクを植えておりますが、以前は田んぼでした。田んぼは、水を張りますが、このように亀裂が土に入り、粘土層が破壊されますと底の水が抜けてしまうので、米が作れないということで、稲作農家さんは、辞めてしまいました。

ただ、この震災がなければ、この土地でジャンボニンニクを作ることもなかったことでしょう。

色んな所に亀裂が入っておりました。そこから水が噴き出しました。改めて地震の威力といいますか自然の大きな力を感じました。

神栖地区は、海に面していますが、不思議と津波は、鹿島港しか押し寄せていません。なぜなんだかわかりませんが、東北のほうでは大津波でしたね。津波は、港のような地形に押し寄せるのでしょうね。

また、大震災から5年、現在地震の数が随分と減りました。地盤も落ち着いたのでしょうか。詳しいことは分かりませんが、地震は来てほしくありませんね。